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岐阜地方裁判所大垣支部 昭和62年(ワ)74号 判決 1990年7月16日

主文

被告は、原告田中美保子に対し三二三六万二九四七円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告田中拓也及び原告田中美妃に対し各一四〇三万一四七三円及びこれらに対する昭和六〇年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

理由

【事 実】

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告は、原告田中美保子に対し三七〇八万三〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告田中拓也及び原告田中美妃に対し各一六三九万一五〇〇円及びこれらに対する昭和六〇年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告ら

1  原告田中美保子(以下「原告美保子」という。)は亡田中洋二(昭和三三年九月七日生、以下「訴外洋二」という。)の妻であり、原告田中拓也(以下「原告拓也」という。)、原告田中美妃(以下「原告美妃」という。)は訴外洋二の子である。

2  被告は、「名和病院」を開設している医師である。

3(一)  訴外洋二は、昭和六〇年九月一四日、腹痛のため名和病院に受診し、その後の検査の結果、被告から手術をすすめられた。

(二)  訴外洋二は、同月二四日手術を受けたが、経過は良くなく、同月二五日には白血球数が一万六七〇〇と高く、同月二七日以降しやつくりが始まり、腹部膨満もあり、何回か洗腸がされた。

(三)  同月三〇日には一日数十回の下痢が始まつた。同年一〇月一日には熱が三八度あり、同月二日には白血球数が一万九二〇〇と異常に高かつた。

(四)  被告は、同月三日、訴外洋二に対し二回目の手術をしたが、手術後、原告美保子に対し、腸が炎症を起こしていて破れやすくなつており、破れたら命がないのでさわれなかつたと話していた。

(五)  このころから、訴外洋二の身体はドブ臭い匂いがして、病室は異臭を放つており、肝臓の機能を示す検査の値も次第に悪くなつていつた。同月四日には、訴外洋二の肺に水がたまり、右の肺はレントゲン写真で白く写り、左の肺の三分の二も白くなつていた。そのため、訴外洋二はハアハア息をしており、胸に管を入れてポンプで吸い出す処置がされると、赤い液が出ていた。訴外洋二の全身状態はその後も日毎に悪くなつていき、手足は細くなり、目は落ちくぼんで、くまができていた。

(六)  訴外洋二は、同月八日、胃の管も肺の管もはずされて、食事が用意された。胃腸は治つているからどんどん食べなさいと指示されたが、小さなスプーンに六さじがやつとの状態であつた。訴外洋二の白眼の部分は、同月九日には黄色くなつており、肝臓が悪いと言われた。また、その夜には輸血がされた。

(七)  訴外洋二は、同月一〇日の午後四時ころ、痰があがつてきたようで、息ができないと苦しがつていたので、看護婦に早く医師を呼ぶようにと数回にわたつて伝えたが、医師は来なかつた。そのような中で、訴外洋二は死亡した。

(八)  訴外洋二の解剖の結果、その死因は、汎発性腹膜炎であることが判明した。

4  訴外洋二の死亡につき、被告には、次のとおりの診療上の過失がある。

(一) 胃・十二指腸潰瘍には、極めて有効な治療薬が存在し、これらによつて、胃・十二指腸潰瘍は内科的に治癒させることが可能であつた。他方、十二指腸潰瘍に対する手術は、縫合不全を生じると腹膜炎を起こし患者が死亡することもあり得るところ、手術前の検査時の所見によれば、訴外洋二の十二指腸潰瘍は治りかかつていたのであるから、外科手術は絶対的な対応ではなかつた。したがつて、被告としては、訴外洋二に手術を勧めるにあたつて、手術にともなう危険性を説明すべきであるのに、これを怠り、その説明をまつたくしなかつた。

(二) 十二指腸潰瘍の手術に際しては、十二指腸盲端部に縫合不全が生じる可能性が大きかつたのであり、訴外洋二に対する手術においては、手術操作により十二指腸盲端部に感染が生じたため、又は手術手技の不充分さのため、又は腸内圧が高くなつたため、訴外洋二に縫合不全が生じたものであるところ、被告としては、縫合不全を防止するための手段を講じておくべきであつたのに、これを怠り、そのような手段をまつたく講じず、その結果、縫合不全を生じさせた。

(三) 訴外洋二に対する第一回目の開腹手術をした際、縫合不全を生じた場合にすぐにこれを発見するとともに縫合不全による腹腔内への汚染を広がらせないようにするために、十二指腸盲端部付近にドレナージをしておくべきであつたのに、これを怠り、一〇月三日まで腹腔ドレナージをせず、その結果、腹腔内の縫合不全部には膿が貯留し、それが外に排出されず、訴外洋二の腹膜炎を著しく悪化させた。

(四) 訴外洋二の年令から考えても、手術後は順調に回復していくと考えられるところ、訴外洋二の手術後の経過は異常であり、遅くとも九月三〇日の時点では腹膜炎を疑い、腹部の触診をていねいに行つて腹膜炎を発見すべきであり、また、頻回の下痢、肝機能障害、尿混濁、発熱、腹部膨満等の異常所見が認められているのであるから、一〇月一日以降は一刻も早く腹膜炎がひどくならないうちに原因をとり除くための処置をすべきであつたのに、被告はこれらをまつたく行わず、根治術の時機を失したため、訴外洋二は腹膜炎を著しく悪化させた。

5  被告は、昭和六〇年九月一五日、訴外洋二が入院した時点で、訴外洋二との間で同人の十二指腸潰瘍等の疾患を診断し、これを治癒させるべく、そのための適切な診療行為をすることを内容とする診療契約を締結したにもかかわらず、前項の過失があつたのであるから、被告には、債務不履行責任がある。また、被告には、医師としての最善の診療行為を行う注意義務があるにもかかわらず、前項の過失があつたのであるから、被告には不法行為責任がある。

6  被告の過失により訴外洋二が死亡したことによつて、原告らは次のとおりの損害を被つた。

(一) 訴外洋二の逸失利益 四五五六万六〇〇〇円

訴外洋二は、死亡当時、近畿日本鉄道株式会社に勤務し、年間三〇〇万七六五九円の給与取得を得ていた。被告の過失により死亡しなければ、六七才に至るまで四〇年間稼働し、毎年右金額を下らない所得を得たものであり、右金額を元にホフマン式計算法により中間利息を控除して訴外洋二の死亡時における逸失利益の現価を計算すると、六五〇九万四七六三円となり、本人の生活費としてその三割を控除しても、その逸失利益は四五五六万六〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)となる。

(二) 訴外洋二の慰謝料 二〇〇〇万円

訴外洋二は、妻と幼い二人の子供と共に幸福に暮らしていたものであり、被告の過失によりその生命を断たれたことによる精神的苦痛を金銭に評価すると、その損害は二〇〇〇万円を下まわるものではない。

(三) 葬儀費用(原告美保子)八〇万円

(四) 弁護士費用(原告美保子)三五〇万円

本訴提起による弁護士費用は原告美保子の負担すべき損害であり、その額は三五〇万円が相当である。

(五) 右(一)、(二)の損害については、原告らが訴外洋二を相続してこれを取得したものであるところ、その相続分は、原告美保子が二分の一、原告拓也、原告美妃が各四分の一である。

7  よつて、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告に対し、原告美保子は三七〇八万三〇〇〇円、原告拓也、原告美妃は各一六三九万一五〇〇円、及びこれらに対する訴外洋二が死亡した日である昭和六〇年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  原告らの主張に対する認否

1  原告らの主張1の事実は認める。

2  同2の主張は認める。

3  同3の(一)のうち、訴外洋二が昭和六〇年九月一五日腹痛のため名和病院に受診し、その後検査を受けたことは認め、その余の事実は否認する。被告は、洋二に対し、薬や注射でも治ると説明したが、洋二は根治治療を希望したため、被告が根治治療としては手術しかない旨を説明したところ、洋二は手術を希望してこれに同意したものである。

(二)のうち、訴外洋二が同月二四日手術を受けたこと、同月二五日には白血球数が一万六七〇〇であり、同月二七日以降しやつくりが始まり、同月二九日ころから腹部膨満があつたため何回か洗腸がされたことは認める。

(三)のうち、同月三〇日には一日数十回の下痢が始まり、同年一〇月一日には熱が三七・五度ないし三八度あり、同月二日には白血球数が一万九二〇〇であつたことは認める。

(四)のうち、同月三日、被告が訴外洋二に対し二回目の手術をしたことは認め、その余の事実は否認する。被告は、訴外洋二に横隔膜下又は右腹部の限局性腹膜炎又は術後癒着による軽度の腸閉塞症があることを疑い、開腹手術をした。十二指腸には縫合不全等の所見はなく、ブラウン吻合部(空腸と空腸との吻合部)が前面で前腹壁に癒着し、右上腹部腹腔内には約八〇〇ミリリットルの血液様膿汁があつた。その他の個所にも縫合不全はなく、胃や腸に穿孔もなかつた。排膿液を除去するため、三か所にドレナージを行つた。

(五)のうち、そのころから訴外洋二の身体はドブ臭い匂いがしていたこと、同月四日には、訴外洋二の肺に水がたまり、右の肺はレントゲン写真で白く写つていたことは認める。悪臭はドレナージからの排液によるものである。ドレナージにより大量の排液がされ、腹部膨満はなくなつて次第に良好な経過をたどつた。左胸腔の貯留液についても、胸腔ドレナージにより軽快した。

(六)のうち、訴外洋二が同月九日ころ肝臓の状態が悪く、その夜には輸血がされたことは認める。訴外洋二は、同月八日以降、腹部のドレナージからの排液が急に増加し、かつ茶褐色様となり、また、大量の下血があつた。

(七)のうち、訴外洋二が同月一〇日に死亡したことは認める。

(八)の事実は認める。訴外洋二の死因は、通常予期できぬストレス性穿腸潰瘍の急速な穿孔により、大量の排液が腹腔内に拡散したための全腹膜炎と考えられる。

4  同4の事実は否認する。(二)について、被告は断腸部に大網、膵被膜、空腸漿膜面で縫着し被覆した。これにより、十二指腸盲端部の縫合不全を防止する措置を講じている。(三)について、胃、十二指腸潰瘍による切除手術においては、最初からドレナージを行うことはないし、腹腔内に常にドレナージをおくことは望ましくない。四について、被告は、訴外洋二につき限局性腹膜炎を疑つていたが、開腹せずに治癒することもあるから様子をみていたのである。また、訴外洋二の場合、自発痛があまりなく、局所の圧痛も一般的な腹膜炎の所見がなく、腸管内ガスの溜まつた所見であつた。

5  同5は争う。

6  同6は争う。

第三  証拠関係《略》

【理 由】

一  原告らの主張2の事実は当事者間に争いがない。

二  被告の訴外洋二に対する診療行為の経過等についてみるに、《証拠略》によつて認められる事実(この認定を覆すに足りる証拠はない。)及び当事者間に争いがない事実は次のとおりである。

1  訴外洋二は、昭和六〇年九月一五日午前零時すぎころ、上腹部痛のため名和病院に受診し、即刻同病院に入院したが、その後の検査の結果、十二指腸に三か所の潰瘍があつたため、被告による手術を受けることとなつた。

2  胃や十二指腸潰瘍の手術にともなう縫合不全は腹膜炎の原因となる。縫合不全の発生とその臨床症状の発現時期は、手術後六日ないし一一日が多いとされているが、十二指腸盲端部の縫合不全はより早期からおこり、手術後三日が多いとされている。縫合不全の典型的な臨床症状としては腹痛、背部痛、嘔吐、がんこなしやつくり、いつたん下降していた体温の上昇、脈拍の増加、手術の影響とはみられないほどの白血球の増加等がある。また、胸膜炎、膿胸を合併することもあり、その場合は、胸下部の打診により濁音を呈し、呼吸音は減弱する。縫合不全は重篤な腹膜炎の原因となるため、右のような症状が明確になるまで徒らに時間を費やすべきはなく、疑わしい場合には、各種の検査により、積極的にその有無を確かめなければならないとされている。そして、縫合不全の治療方針で最も大事なことは、腹膜炎を限局化させ、縫合不全部からの漏出物を直線的に対外に誘導することであり、そのためには、絶食と胃チューブによる吸引によつて漏出物を減少させると同時に、最も有効適切なドレナージを確保し、持続吸引によつて漏出物の腹腔内貯留を防ぎ、薬物によつて感染を抑えるなどすることが重要であるとされている。

3  訴外洋二は、同月二四日、被告により、胃のほぼ三分の二及び十二指腸の潰瘍ができている部位を切除する手術を受けた。その後、訴外洋二の熱は、同月二六日に三七・六度、同月二七日に三七・四度、同月三〇日に三七・七度となつたことがあつたが、それ以外は、ほぼ三七度前後であり、脈拍数は、同月二六日が一一四、同月二七日、同月二八日が八〇台であつたが、同月二九日には一〇六、同月三〇日には一〇〇となつた。白血球数は同月二五日が一万六七〇〇と高く(なお、同日から同年一〇月二日までの間に白血球数を検査したという記録はない。)、同月二七日以降しやつくりが始まり、腹痛もほとんど止むことなく続いていた。

4  訴外洋二の熱は、同年一〇月一日には三八・一度、同月二日には三八・五度となり、そのころには眼には黄疸の症状が現れていた。また、同月二日には白血球数が一万九二〇〇と異常に高かつた。これらの症状から、被告は、同月一日ころには、訴外洋二が手術に起因する腹膜炎を起こしている疑いをもつた。

5  被告は、同月三日、訴外洋二に対し二回目の開腹手術を行つたが、訴外洋二の十二指腸盲端部や、胃と空腸の吻合部、空腸と空腸との吻合部に明らかな縫合不全を発見することはできなかつた。しかし、腹腔内、特に十二指腸盲端部及び空腸と空腸との吻合部の付近には大量の血液様の膿汁があり、その膿汁には胆汁を伴つているようで、その部分が少し癒着したようになつており、そこに溜まつた血液が化膿し炎症を起こして限局性腹膜炎を発症しているものと考えられた。そこで、被告は、訴外洋二の腹腔内に七本のドレナージを行つた。

6  その後、ドレナージによる排膿が逐次あり、同月六日には排膿量も減つてきた。他方、同月四日には、訴外洋二は肺の合併症を起こし、胸腔内に水がたまるとともに、肺炎症状をともなつて痰がたまつたため、胸腔穿刺、胸腔ドレナージ、気管支ファイバーによる気道吸引等が行われた。

7  訴外洋二は、同月九日にいたり、脈拍数が一四〇、呼吸数が四五となり、それと同時に腹腔内に入れてあるドレナージから茶色様の古い血液のようなものが大量に排出され、また、大量のタール様の便も排出された。さらに、同日の訴外洋二の血圧は最大値が八四まで低下した。右の症状からみて、訴外洋二には、腸管からの出血があると考えられたため、被告は、同月一〇日早朝に輸血を行つた。

8  訴外洋二は、同日午後四時三五分ころ死亡したが、解剖の結果、同人の十二指腸盲端部に癒着があり、その付近の大網や膵臓表面の脂肪組織が崩壊し、壊死が強く、胃と空腸との吻合部及び挙上空腸部に二か所の穿孔性潰瘍があつた。死因は、右上腹部から右側腹部、骨盤腔へと波及する腹膜炎、及びこれに起因して生じた胃・空腸吻合部、挙上空腸部の穿通性潰瘍により、大量の排液が腹腔内に拡散して左上腹部の腹膜炎が加わつたことによる汎発性腹膜炎であつた。

三  そこで、以上の事実関係のもとに、被告の過失の有無について判断するに、訴外洋二は、第一回目の開腹手術の際の十二指腸盲端部における縫合不全により腹膜炎を発症させており、被告としても、発熱、脈拍数、白血球数、しやつくり、等の訴外洋二の症状からして、当然にこれを認識し、ただちに必要な検査を実施してこれに対応した処置をとるべきであつたにもかかわらず、これをしなかつた結果、腹膜炎を悪化させ、一〇月三日に二度目の開腹手術を行つたにもかかわらず、その後腹膜炎に起因する穿通性潰瘍により、大量の排液が腹腔内に拡散したための汎発性腹膜炎を発症させたのであるから、この点において、被告には、診療上の過失があり、被告の右過失行為は、訴外洋二及び原告らに対する不法行為を構成するといわなければならない。

なお、《証拠略》によると、訴外洋二の解剖の結果によつても、十二指腸盲端部に糸のほつれといつた明らかな縫合不全は認められなかつたというのであるが、同時に、右証言によると、十二指腸盲端部付近の組織の癒着、壊死がもつともひどいという状態であつたことからみて、糸のほつれといつた明らかな縫合不全とはいえないにしても、同所の縫合部に何らかの漏れが生じたと推定されるというのであり、また、《証拠略》によると、第二回目の開腹手術の際、十二指腸盲端部及び空腸と空腸との吻合部の付近には大量の血液様の膿汁があつてその部分が少し癒着したようになつていたというのであるから、これらの事実を総合すると、訴外洋二の一回目の開腹手術の際、十二指腸盲端部の縫合手術について何らかの縫合不全が生じたものとみるべきである。

四  次に、被告の右過失行為により訴外洋二が死亡したことによつて原告らの被つた損害について判断する。

1  訴外洋二の逸失利益について、同人が昭和三三年九月七日生であることは当事者間に争いがなく、《証拠略》によると、同人の昭和五九年の年間所得額は金三〇〇万七六五九円であつたことが認められる。したがつて、同人の就労可能年令を六七歳とすると同人の就労可能年数は四〇年であり、生活費を三〇パーセント控除して、ライプニッツ方式により中間利息を控除すると同人の逸失利益の現価は三六一二万五八九四円となる。

三〇〇七六五九×〇・七×一七・一五九=三六一二五八九四

2  訴外洋二は、被告の前記過失行為により、わずか二七歳にして妻と子をのこし、その生命を失つたのであり、本件診療の経過、過失の態様等諸般の事情に鑑みると、その精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては、金二〇〇〇万円を相当とする。

3  弁論の全趣旨によると、原告美保子は、訴外洋二の葬儀費用として金八〇万円を下らない額の出費をしたこと、原告代理人との間で本訴の提起及び追行を委任する旨の契約を締結していることが認められるところ、本件において被告の負担すべき葬儀費用としては八〇万円、弁護士費用としては三五〇万円をもつて相当というべきである。

4  原告らの主張1の事実は当事者間に争いがなく、右事実によると、原告らは訴外洋二の相続人であり、その相続分は、原告美保子が二分の一、原告拓也、原告美妃が各四分の一であるから、訴外洋二に生じた前記1、2の損害については、右相続分に従い、原告美保子が二八〇六万二九四七円、原告拓也、原告美妃が各一四〇三万一四七三円の、被告に対する損害賠償請求権を有することとなる。

四  以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告美保子が三二三六万二九四七円、原告拓也、原告美妃が各一四〇三万一四七三円及びこれらに対する本件不法行為の後である昭和六〇年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐賀義史)

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